例会

第104回例会(WEB開催)

日時:2021年9月18日(土)13:30 ~ 17:00
(Zoom会議)

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研究発表会

研究発表1
発表者:芹澤 円 氏(神戸大学)
題目:1800年前後のドイツにおけるモード雑誌の言語的特徴
―「テクスト化の戦略」と語彙の観点から

[発表要旨]

 ドイツでは文化の商業化のなか18世紀末に、モード雑誌が登場する。Journal des Luxus und der Mode(1786~1827年、以下Journal)を同時代の新聞と比較すると、従属文の頻度に有意差は認められないが、新聞ではeinige Erläuterungen über die […] geschlossene Conventionのように動作名詞による名詞句が顕著であるのに対して、Journalではum den Kopf, unter dem Federbusche in eine große Schleife gebundenのようにモード品の由来、形状、品質等を言い表す前置詞句が多いことがわかる。Eroms(2008)の「テクスト化の戦略」に準拠すると、この違いは、新聞が出来事を時間軸で動画的に描き出すErzählenが優勢なテクストであるのに対して、Journalは対象物を空間軸で静止画的に描き出すBeschreibenが優勢なテクストであることを示唆している。さらにまたJournalは使用語彙をうまく制御し、「推奨する」といった指令型の動詞や、比較級・最上級表現、高価値語などを使用して、書き手にしか直接体験できない質感を魅力的に伝え、モード品を宣伝し読者に購買させるべく発信している。


研究発表2
発表者:木戸 紗織 氏(東北医科薬科大学)
題目:新たなルクセンブルク語話者?―難民の言語学習と三言語併用の今後―

[発表要旨]

 ルクセンブルクでは年々外国人居住者の数が増加し、それに伴ってルクセンブルク語の位置づけも変化してきた。もともとルクセンブルク人同士の日常的な会話で用いられていたこの言語は、国内のフランス語偏重を是正し三言語併用というルクセンブルクのアイデンティティを維持するために、しだいに「国語」「母語」として象徴的な役割を負うようになった。さらに今日では難民がルクセンブルク社会に定着するための言語、すなわち統合の言語(Integrationssprache)という役割も帯びつつある。本発表ではこのIntegrationsspracheをキーワードに、近年のルクセンブルク語およびルクセンブルク社会の変化を追ってみたい。


研究発表3
発表者:島 憲男 氏(京都産業大学)
題目:宮沢賢治のドイツ語訳テキストに生起するドイツ語構文の機能的役割:結果構文と同族目的語構文を中心に

[発表要旨]

 本発表では、事態を引き起こす基底動詞と結果状態を表す結果句の相互作用によって最終結果状態の名詞句が確定するドイツ語の結果構文と、自動詞を基底としつつも文中に同語源である対格名詞の生起を許す同族目的語構文を主に取り上げ、当該構文がドイツ語のテキストの中でどの程度実際に使用され、どのような構文的な役割を果たしているかを、ドイツ語に翻訳された宮沢賢治の複数の作品を用いて調査した結果を報告する。これまで発表者は、主にドイツ語を原典とするテキストや、英語の原典からドイツ語訳されたテキストを使って当該構文の構文的機能を分析することを試みてきたが、日本語から翻訳されたドイツ語テキストの検討を通じて個別の研究成果が検証されるだけでなく、新たな発展の可能性を提供してくれたことを示したい。さらに、可能であれば、発表者が現在取り組んでいる「構文間の文法的ネットワーク」の中で両構文をそれぞれどのように位置付けているのか、その最新の考えも合わせて提示したいと考えている。


要旨説明/質疑応答(Zoom会議)

司会者:岸川 良蔵 氏

第103回例会(WEB開催)

日時:2021年5月22日(土)13:30 ~ 17:30
(Zoom会議)

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研究発表会

研究発表1
発表者:佐分利 啓和 氏(関西学院大学大学院生)
題目:感情表現としてのmir / dir

[発表要旨]

 ドイツ語の自由与格のうち関心の与格は、口語でしか用いられない、一人称ないし二人称でしか出現しない、前域に配置できない、要求文と感嘆文にのみ現れるなどユニークな特徴を持つ。命題外、すなわちモダリティに関わる表現であることも特徴的であり、心態詞と類似した機能を持つことが知られている。本発表では、関心の与格mir/dirが、話し手の態度や感情などを表す「表出的意味」を持つことに注目し、要求・命令・驚き・非難などの意味があるとされる関心の与格の機能を、感情的側面から統一的に把握しようと試みる。宮下 (2020) が心態詞dennの機能に関する検討で援用したRussell & Barrett (1999) による感情円環モデルを導入することで、関心の与格と感情の関わりを明らかにしたい。


研究発表2
発表者:佐藤 和弘 氏(龍谷大学)
題目:エネルギー政策とドイツメディア―原子力推進派と原子力反対派が用いる言語表現―

[発表要旨]

 米国の核物理学者A. M. Weinbergは、人類が原子力エネルギーを手に入れたことに対し”Wir haben einen faustischen Pakt geschlossen.”と表現した。20世紀はこのHollenfeuerをめぐりPro-AtomとAnti-Atomの間で修辞的表現を駆使し賛否両論が飛び交った。21世紀に入りKlimawandel、Klimakriseにより脱炭素化社会がエネルギー政策の中心課題に移ると、世代交代と共に例えばUmweltschutzer、Bruckentechnologieにも新たな現象、意味解釈が生まれている。また、Okoverbrecher、Klimaverbrecherなど地球を、人類の生存を脅かす複合語が次々と登場してくる。本発表においてはドイツメディアで取り上げられたエネルギー政策、とりわけ原子力政策において、原子力推進派と原子力反対派が巧みに用いる言語表現を、婉曲語法(Euphemismus)、ネオロジズム(Neologismus)に注目し、エコ言語学的観点から言語分析を行う。


要旨説明/質疑応答(Zoom会議)
司会者:薦田 奈美 氏


定例総会

第102回例会(WEB開催)

視聴・閲覧期間:12月5日(土)13:00 ~12月12日(土) 12:30
要旨説明・質疑応答:2020年12月12日(土)10:30 ~ 12:30

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研究発表会

研究発表1
発表者:鈴木 一存 氏(京都大学大学院生)
題目:有限の空間における中心と周縁のメトニミーの視覚的検討

[発表要旨]

 「(任意の有限の)空間」の意味から、「(その有限の)空間の内部にいる人間」の意味へと変化する、一連の語群によって構成される範型が存在する。この有限の空間における中心と周縁が交替する意味変化の範型は、メトニミーの古典的類型の一つである「容器」と「内容(物)」のメトニミーと、その性質を少なからず共有している。本発表では、このような空間の中心と周縁が交替するメトニミーのドイツ語における実例を参照した上で、イメージスキーマや図地反転などをはじめとする、視覚的認識過程に関連する複数の理論的枠組みを、多角的に照射することを通して、説明モデルを構築し、独自の見解を提示することを目標とする。


研究発表2
発表者:坂東 諒太 氏(関西学院大学院生)
題目:使役交替で見受けられる再帰的な構文と自動詞的な構文の特性

[発表要旨]

 ドイツ語の使役構文から主語である動作主の項を削除し、目的語が主語として実現するとき、1)再帰構文を取る場合(例 Er öffnet die Tür.→Die Tür öffnet sich.)と2)自動詞として実現する場合(例 Er bricht den Zweig.→Der Zweig bricht.)がある。本発表で取り挙げるのは、3)動詞が再帰的にも自動詞的にも実現する場合である(例 Er schließt die Tür.→Die Tür schließt (sich).)。この第3の傾向をSchäfer(2008)はclass A(1)、class B(2)に次ぐclass Cと位置付けた。本論では、そのclass Cとして挙げられた17の動詞に、新たに動詞を加える形を採る。その用例を電子コーパスCOSMAS IIで収集し、語用論的な傾向および再帰代名詞の生起の義務性を考察する。その際、Kratzer(1995)の「場面レベル述語」「個体レベル述語」を導入して再帰代名詞の生起の特性について明らかにする。

 


研究発表3
発表者:大薗 正彦 氏(静岡大学)
題目:ドイツ語の基本語彙と基本語彙でカバーできないもの

[発表要旨]

 語学教育において基本語彙の策定は言うまでもなく重要である。発表者もかつて5000語レベルのドイツ語基本単語リストを作成したことがある(大薗 2015)。しかしながら基本語彙も万能ではない。本発表では、実際のテクストの理解には5000語程度の基本語では不十分であることを確認しつつ、ではテクストの理解のためには何が必要なのか考えてみたい。着目するのは、時事的な語や新語、広義の慣用句、派生語・複合語などの語形成、そして専門語である。結論として、ありきたりではあるが、語彙学習においては、語の数を増やすことだけにとらわれず、語彙のしなやかな側面を認識し、語形と語義の結びつきに対して柔軟な考え方を身につけることも重要であることを述べる。


要旨説明/質疑応答(Zoom会議)
司会者:薦田 奈美 氏

第101回例会(WEB開催)

視聴・閲覧期間:2020年9月12日(土)13:00~9月19日(土)16:40

要旨説明・質疑応答/総会:2020年9月19日(土)13:30 ~16:40

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研究発表会

研究発表1
発表者:中西 志門 氏(京都大学大学院生)
題目:ベオウルフにおける時を表す副詞的格の用法とその解釈への考察

[発表要旨]

 通常、文中における時・場所・様態のような付加的な意味は、副詞や前置詞句によって表される。しかし、古英語のような名詞に格変化を有する言語では、しばしば名詞の曲用形が同様に機能しえた(格の副詞的用法)。古英語において副詞的に機能した3つの格(属格,与格,対格)がどのような意味を表していたのか、またそれは前置詞句とどのように機能を分け合っていたのかという点について、これまで大きな注意が払われて来たとは言い難い。本発表では古英語叙事詩『ベオウルフ』を主な資料としてそれぞれの表現の分布や振る舞いを明らかにし、その理由の一つとしてそれぞれの格のスコープが異なっていた可能性があると主張する。


研究発表2
発表者:宮下 博幸 氏(関西学院大学)
題目:心態詞 denn が表す意味とは何か:「感情」の観点からの分析

[発表要旨]

 心態詞はしばしば Modalpartikel と呼ばれるが、心態詞に modalな機能はあるのか、あるとするとどのようなものなのかは、これまでのところ明らかでない。本発表では心態詞の modal な機能とは「感情」であるという立場を、疑問文で現れる心態詞 dennを例に展開したい。心態詞 denn の機能については、これまで「疑問行為のコンテクストへの関連付づけ」(König 1977, Theiler 2020)、「標準的疑問のマーカー」(Thurmair 1991, Bayer 2012)、「好ましさ、驚き、非難」(Hentschel/Weydt 1983, Helbig 1990) と様々な見解がある。本発表ではそれぞれの問題点を指摘し、Russell (2003) の感情モデルを援用しつつ、denn の機能は「話し手の感情の活性化の表示」であるとする立場を提案する。またこの立場に立つと、これまでの研究の問題点が解決できる可能性があることを示したい。

 


研究発表3
発表者:野添 聡 氏(京都大学大学院生)
題目:ノートカーの翻訳文献における古高ドイツ語動詞接頭辞 ge- について

[発表要旨]

 接頭辞 ge-は、完了相化の機能を持つと考えられてきた。先行研究では、この接頭辞は後代に発達した現在完了形との競合の末に衰退したと考えられている。しかし、ge-動詞の直説法現在形と現在完了形の競合関係は、今日まで十分に実証されたとは言い難い。他方で、古高ドイツ語の ge-動詞の直説法現在形は未来の動作を表すと考えられているが、この機能の有無に関して先行研究の間では意見が対立している。本発表では、ノートカーによるラテン語からの翻訳文献である『哲学の慰め』と、今日まで体系的な語法研究がほとんど行われていない『フィロロギアとメルクリウスの結婚』を分析対象として、古高ドイツ語動詞接頭辞ge- の機能の実証的な解明を試みる。


研究発表4
発表者:横山 由広 氏(慶應義塾大学)
題目:ハルトマン・フォン・アウエは本当に kam と言っていたのか?

[発表要旨]

 Hartmann von Aue の初期の作 ?Erec? から最後の作品 ?Iwein? にかけてみとめられる言語上の諸変化の中で、動詞komen ?kommen? の過去形による押韻が ?Iwein? の冒頭1000 行の後、ほぼ行なわれなくなったという Konrad Zwierzina (1898) の所見は従来、アレマン人Hartmann が、自身の方言形で押韻に適した kam (: nam ?nahm?) による押韻を反復した後、他地域では komen の過去形はkom で、押韻できないことを認識した結果とされ、議論の焦点は当該方言地域の特定であった。発表者は、Zwierzina が「突然」と見なした上記 ?Iwein? 途中での変化に Volker Mertens (1978) がみとめた幅よりも、さらに広範にわたる移行段階を推測するようになったが、問題の kom 通用地域の特定には至っていない(Yoshihiro Yokoyama (2014))。本発表では、Zwierzina の上記所見を Hartmann に特徴的な文体変遷の一例と見なす、発表者の目下の仮説の検証を試みたい。


要旨説明/質疑応答(Zoom会議)
司会者:薦田 奈美 氏/河崎 靖 氏


定例総会

第100回例会

日時:2019年12月14日(土)13:30 ~ 17:00

場所:京都外国語大学4号館5階452教室

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第100回例会記念特別企画:みんなで考える素朴な疑問100

第1部 「研究」に関する疑問について

第2部 「教育」に関する疑問について

司会者:湯浅 博章 氏

[企画要旨]

 会員の皆さまにおかれましては、日々の研究・教育活動の中で素朴に疑問に思われることや、どのように対応すべきかをお迷いになること等があるかと存じます。このプログラムではそうした疑問点を持ち寄り、当日ご来場いただいた皆さまと共にそれらの点について考え、知恵を出し合うことによって、私たち会員が今後の活動に活かしていくことを意図しております。
当日は、大きなテーマとして「研究に関するもの」、「教育に関するもの」の二部門にわけ、テーマごとの疑問点についてグループで話し合った後、会場全体で意見をフィードバックし、それを踏まえて全体でのディスカッションを行います。
「素朴な疑問」をお寄せくださいました皆さまばかりではなく、さまざまなご意見をお持ちの多くの会員による話し合いを通じて、新たな視点に触れる場になればと考えております。

第99回例会

日時:2019年9月21日(土)13:30 ~ 17:00

場所:キャンパスプラザ京都6階 京都大学サテライト講習室(第8講習室)

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研究発表会

司会者:吉村 淳一 氏

研究発表1
発表者:筒井 友弥 氏(京都外国語大学)
題目:度数詞 nurと alleinの意味機能 ―代替のスケールに注目して

[発表要旨]

 ドイツ語の度数詞 nur と alleinは、共に制限的(restriktiv)な機能をもつ点で等価である。しかし、Heike hat nur / *allein 10 Euro bei sich. のような例では、alleinの使用は認められない。また、Allein/ Nur der Gedanke daran ist furchtbar. のような例では、allein と nur で意味が異なる。これらは、それぞれ nurにはスケール的(skalierend)な機能が、allein には評価的(evaluativ)な機能が備わっているためと考えられているが、実際には、評価的な alleinにも一種のスケールが観察される。本発表では、nur と allein の焦点値から導かれる意味的なスケールに注目し、それぞれの代替がどのように扱われるかを考察する。


研究発表2
発表者:鈴木 康志 氏(愛知大学)
題目:主文制限あるいは埋め込まれた命令文は可能か?

[発表要旨]

 話法と命令文を中心に研究していますが、まず話法について、本来コンテキストの中で考えなければならないのに、単文として考察される問題を指摘したいと思います。そして今回はその話法と命令文が交わる埋め込まれた命令文について触れてみたい。平叙文や疑問文は間接話法に埋め込むことが可能ですが、命令文はできません。*Hans sagte zu Monika, dass (du) das Fenster öffne. ところが最近、埋め込まれた命令文が可能という研究が出てきました。特にKaufmann (2012)は日常ドイツ語におけるこのような命令文に言及しているので、これが本当に可能か考察してみたいと思います。

 


研究発表3
発表者:山田 善久 氏(岐阜協立大学名誉教授)
題目:コーパス処理ツールTecely2(新版)の開発とその特徴

[発表要旨]

 Tecelyは、発表者が単独開発した欧文コーパス処理ツールで、次の機能がある。
1.語彙分析 a)ワードリストの作成 b)テキストおよびワードリストの差分処理
2.コンコーダンス作成 a)用例検索(KWIC など) b)コロケーション分析
3.スタイル分析 a)基本文体情報 b)Nグラム分析 c)構成要素分析 d)統計量(語彙の特徴度・共起強度)計算
この度 Tecely2として改訂を行なったので、その紹介をしたい。予定しているデモは、リニューアルしたレマ辞書によるワードリスト作成および用例検索、テキスト語彙の差分処理、TreeTaggerの出力とリンクさせたレマ処理および文法情報検索である。
なおこのソフトは、発表者のサイトからダウンロードできる(無料)。

第98回例会

日時:2019年5月18日(土)13:30 ~ 17:00

場所:キャンパスプラザ京都6階 京都大学サテライト講習室(第8講習室)

<<内容>>

研究発表会

司会者:筒井 友弥 氏

研究発表1
発表者:磯部 美穂 氏(信州大学)
題目:否定接頭辞 un- の造語モデル再構築の試み

[発表要旨]

 本研究では、接頭辞 un-のこれまでの造語モデル(結合する語の品詞や形態的特徴と造語意味)を検証し、実際の使用例と対照させながら、改めて造語モデルを構築していくことを目的としている。「否定接頭辞(Privativprafix)」と呼ばれる接頭辞un- の造語意味は、結合する基礎語の意味の否定・反義をあらわすと説明されるが、全ての派生語にその意味解釈が当てはまる訳ではない。独和辞典には接頭辞 un- を語頭に置く1000 語を超える派生語が見出し語として掲載されているのは、その造語法としての生産性の高さと造語モデルの複雑さによるものである(参照『アクセス独和辞典』第三版(2018))。本研究では、辞書に掲載されている un- による派生語の見出し語を整理し、un-の造語モデルの再構築を試みる。それを基にテキストにおける特徴的な語法について考察をおこなう。


研究発表2
発表者:黒田 廉 氏(富山大学)
題目:学習独和辞典におけるコーパスの活用とその限界

[発表要旨]

 ドイツ語学の研究において、コーパスを使った調査・分析は一般的となってすでに久しい。コーパスの教育面への応用的成果物として、頻度リスト、コロケーション辞典も出版されるようになった。しかし、日本でドイツ語を学習する際に、もっとも入手しやすく、よく用いられると思われる学習独和辞典においては、コーパスの利用は一般的とは言えず、コーパス利用を謳う辞書でも、使い方はかなり限定されたものにとどまり、十分に活用されているとは言えない。
本発表では、学習独和辞典について、語の重要度および用例記述の面を中心に、コーパスの分析結果からみた問題点を指摘しつつ、コーパスを辞書執筆に活用する可能性とその限界を示す。

 


第37回言語学リレー講義
講師:根本 道也 氏(九州大学名誉教授)
題目:「独和辞典」編纂半世紀の体験から ―ドイツ語学習の魅力を伝えたくて―

[要旨]

 戦後ドイツ語の学習目的が「学術論文解読」から「一般教養」に変ったことを受けて、私共は「新修ドイツ語辞典」(1972)(現「アポロン独和辞典」)を編んだ。ドイツ語も日本語もそれを使う人々の「暮らし」に根差しており、発話心理にも違いがある。独和辞典編纂では、それを踏まえた上でドイツ語から日本語へ正確にかつ分かりやすく橋渡しをしなければならない。終着点の見えないその作業は今も続く。
「ドイツ研修旅行」の参加学生たちは、逆に日本語で考えたことをドイツ語に直訳しようとして、しばしばとまどう。しかしドイツ人の生活感覚や発話の仕方に接するにつれて、徐々に「ドイツ語の心」でドイツ語を使うことに慣れていく。
日本での平常の授業でも類似の効果をあげられないものか。一例を示してみたい。

第97回例会

日時:2018年12月15日(土)13:30 ~ 17:00

場所:京都外国語大学4号館5階452教室

<<内容>>

研究発表会

司会者:筒井 友弥 氏

研究発表1
発表者:森村 采未 氏(大阪市立大学大学院生)
題目:J.F.ハイナッツの正音法―18世紀のドイツにおける音声分析の試み―

[発表要旨]

 18世紀はドイツ語の規範化について多くの文法家たちが議論を重ねた時代である。しかしながら、その議論の中心はもっぱら正書法の統一であり、発音の統一(正音法)についてはほとんど議論されなかった。
そのような時代背景の中、ドイツ北部の文法家であるJ.F.Heynatz (1744-1809)が試みた音声分析は非常に興味深い。彼の代表的著作『学校授業で用いるドイツ語文典』Deutsche Sprachlehre zum Gebrauch der Schulen (1. Aufl. 1770/5. Aufl. 1803)には正書法とともに正音法の規則が記述されており、ハイナッツは当時の正書法中心の言語規範を確立しようとした文法家に比べて、独創的な規範意識を持った人物であった。本発表ではほとんど歴史の表舞台には現れないハイナッツの人物像について触れながら、彼の著作の中からいくつか正音法の事例を挙げて彼が目指した統一的(標準的)ドイツ語の規範について説明し、ハイナッツが歴史に何を残したかについて論じてみたい。


研究発表2
発表者:増田 将伸 氏(京都産業大学)
題目:強調の副詞を用いた応答によるスタンス表出
―日本語の質問-応答連鎖中の副詞「もう」を例として―

[発表要旨]

 会話中で質問を受けた応答者は、質問に答える際に間投詞や副詞を用いて「質問が予想外のものだった」「質問の前提が誤っている」「質問の要求に適合する形で応答するのは難しい」などのスタンスを表出することがある。本発表では、欧米語の先行研究を引用しながら、日本語の質問-応答連鎖で応答者が強調用法の副詞「もう」を用いて表出するスタンスを会話分析の手法により検討する。強調によって「質問者の想定と自分の応答に隔たりがある」スタンスが表出され、それが「質問者の想定より詳しい内容を語る」「質問者の想定に反して語ることがない」という両極端の応答に結びついていることを示す。

 


研究発表3
発表者:齋藤 治之 氏(京都大学)
題目:インド・ヨーロッパ祖語動詞組織研究の今

[発表要旨]

 インド・ヨーロッパ祖語の動詞組織に関する研究は20世紀に至り、ヒッタイト語およびトカラ語の発見により、その様相が大きく変化したが、現在の動詞組織研究の基礎となっているのはアメリカの比較言語学者C.Watkinsによるヒッタイト語の語形を基礎に据えた祖語の最古の段階に想定される*ghwene/o- (語根 *gwhen “schlagen”)のような語幹の形である。彼はこの名詞類的な語幹が、I (thematisch), II(athematisch) に分割した後さらにIIaとしてのo-Stufe による完了語幹さらIIaからIIb としてSchwundstufe(= oxyton: -o/e)とe-Stufe (= baryton: -o/e) の一般化されたathematisch な中動態語幹が成立したという図式を想定している。H.Rixはインド・ヨーロッパ祖語には能動・中動と並んで第3のカテゴリーとしてのStativが存在したという説を展開している。M.Kümmelは従来暗黙のうちに同一視されていたStativとPerfektの人称語尾の差異を想定し、さらにPerfektが、“先行する動作の完了の結果としての主語の状態”という“主語の状態”(=Stativの語尾によって表される)と“完結した動作・過程(=語頭音重複によって表される)”という二つの意味の複合から成り立っていることから、Perfektが重複音節を有するStativであるという説を提唱している。この説を受けて、近年、過去50年の諸説を集大成するものとしてA.Williによる『Origins of the Greek Verb (Cambridge 2018)』が出版された。Williはその中でCe-CoRC : CoRCにおける重複音節の有無による完結・使役 vs.非完結・非使役という意味の対立を提唱している。一方、トカラ語にはCe-CeRCという語幹構造に遡るB ?a?ars ‘lies wissen’(< *ke-kers-)のような使役過去形が存在 するが、従来この語幹の動詞組織における地位について指摘した研究者は一人もいない。
本発表ではトカラ語に見られるCe-CeRCという語幹がCe-CoRC : CoRCと並ぶCe- CeRC (使役アオリスト): CeRC (語根アオリスト)というペアーを形成する可能性があることを指摘するつもりである。

第96回例会

日時:2018年9月22日(土)13:30 ~ 17:00
場所:キャンパスプラザ京都6階 京都大学サテライト講習室(第8講習室)

<<内容>>

研究発表会

司会者:筒井 友弥 氏

研究発表1
発表者:羽根田 知子 氏(京都外国語大学)
題目:「省略形」としての名詞文体

[発表要旨]

 
作文の授業などで、「ご招待下さってありがとうございます」をドイツ語に訳させると、学習者は大抵「ご招待下さって」の部分を動詞的に訳そうとする(Ich danke Ihnen für die
Einladung.の代わりにIch danke Ihnen (dafür), dass Sie mich eingeladen haben.のように)。名詞文体はHans Eggers (1973)の『20世紀のドイツ語』(岩崎英二郎訳)以降、短い文章内に多くの情報を詰め込む新聞記事などの文体として、また機能動詞構文として議論されることが多かったように思われるが、本発表では名詞文体を「省略形」として捉え、日本語の動詞的表現対ドイツ語の非動詞的表現を日常的な表現において概観し、さらに名詞化不定詞 Einkaufenと動作名詞 Einkaufの使い分けについて、共に用いられる冠詞の用法と関連させながら考察する。


研究発表2
発表者:井口 靖 氏(三重大学)
題目:モダリティを考え直す

[発表要旨]

 
モダリティの定義は研究者によってさまざまであるが、モダリティという概念を使う利点があるとすれば、話し手の心的態度に関わるとすることにより、さまざまな現象に統一的に説明を与えることができるからであろう。たとえば、疑問や否定の対象にならない、過去を表現しない、従属文中の使用に制限がある、などがあげられる。ドイツ語では、動詞の法、話法の助動詞、話法詞、心態詞などがモダリティ表現とされるが、それら制限にそぐわないこともあり、そもそも話し手の心的態度の表現なのかどうか疑いたくなる場合も多々ある。今回は問題点を整理した上で、そもそもモダリティ表現とはどういう存在なのかということを根本的に考え直してみたい。

 


第36回言語学リレー講義
講師:福岡 四郎 氏(関西大学元教授)
題目:ドイツ語史の時代区分 ―特にFrühneuhochdeutschについて―

[要旨]

  ドイツ語史の四分割を提起したW. Scherer以後、ドイツ語史に関わる書籍が入門書も含め20冊以上出版されている。それらを順に紹介し、次にどのように時代区分されてきたかを説明する。J. Grimmがドイツ語の歴史をAlthochdeutsch, Mittelhochdeutsch, Neuhochdeutschと三分割したが、Schererはその著Zur Geschichte der deutschen Sprache (1875)
のなかで次のような新たな時代区分を加えた:eine Übergangs- oder Frühneuhochdeutsche Zeit (1350 –
1650)。最近の殆どの語史はFrühneuhochdeutschの時代区分を採用しているが、これを認めず、Neuhochdeutschの時代を1450年や1500年からとする学説もあり、各々の主張を紹介する。

第95回例会

日時:2018年5月19日(土)13:30 ~ 17:00

場所:キャンパスプラザ京都6階 京都大学サテライト講習室(第8講習室)

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研究発表会

司会者:湯浅 博章 氏

研究発表1
発表者:野村 幸宏 氏(甲南大学)
題目:「経験上の知識」、Erfahrungswissenと授業改善スキルの習得 Praxiserkundungsprojekt
(PEP)

[発表要旨]

 学習者のドイツ語による総合的なコミュニケーション能力の獲得を目標とした授業について、日本でも近年ようやく一定程度の理論と経験が蓄積されてきている。
しかし、こうした知識と経験の伝達は容易ではなく、仮にそれができたとしても、実際の授業の場においては、必ずしも理論や他人の経験通りに機能するわけではない。最終的には、個々の教員が理論と自らの授業経験という二つの「知識のインプット」を消化・統合し、自らの授業に最適化された独自の「経験的理論知」を形成する必要がある。そのためのツールとして提唱されているのが、Praxiserkundungprojektであり、これは例えばGoethe-Institutの教員養成プログラムにおいても、重要視されている。本発表では、このPraxiserkundungsprojektの概要と具体例を紹介しながら、その意義について考えを深めたい。


研究発表2
発表者:大矢 俊明 氏(筑波大学)
題目:状態受動とテアル構文

[発表要旨]

 
ドイツ語の状態受動と日本語のテアル構文は、ともに動作主主語の生起を許さず、先行する出来事の結果状態をあらわす。

(1) a. Das Fenster ist (*von Hans) geschlossen.
b. 窓が(*太郎によって)閉めてある。

本発表では、まず1) 状態受動とテアル構文の共通点と相違点を概観し、2) 高見 (2017)がテアル構文にみられる「日本語らしさ」と見なしている「話し手の関与」は状態受動にも観察できることを指摘し、さらに3)テアル構文にみられる(真の?)「日本語らしさ」について考察する。

 


定例総会