場所:京都外国語大学4号館5階452教室
<<内容>>
研究発表会
司会者:筒井 友弥 氏
研究発表1
発表者:森村 采未 氏(大阪市立大学大学院生)
題目:J.F.ハイナッツの正音法―18世紀のドイツにおける音声分析の試み―
[発表要旨]
18世紀はドイツ語の規範化について多くの文法家たちが議論を重ねた時代である。しかしながら、その議論の中心はもっぱら正書法の統一であり、発音の統一(正音法)についてはほとんど議論されなかった。
そのような時代背景の中、ドイツ北部の文法家であるJ.F.Heynatz (1744-1809)が試みた音声分析は非常に興味深い。彼の代表的著作『学校授業で用いるドイツ語文典』Deutsche Sprachlehre zum Gebrauch der Schulen (1. Aufl. 1770/5. Aufl. 1803)には正書法とともに正音法の規則が記述されており、ハイナッツは当時の正書法中心の言語規範を確立しようとした文法家に比べて、独創的な規範意識を持った人物であった。本発表ではほとんど歴史の表舞台には現れないハイナッツの人物像について触れながら、彼の著作の中からいくつか正音法の事例を挙げて彼が目指した統一的(標準的)ドイツ語の規範について説明し、ハイナッツが歴史に何を残したかについて論じてみたい。
研究発表2
発表者:増田 将伸 氏(京都産業大学)
題目:強調の副詞を用いた応答によるスタンス表出
―日本語の質問-応答連鎖中の副詞「もう」を例として―
[発表要旨]
会話中で質問を受けた応答者は、質問に答える際に間投詞や副詞を用いて「質問が予想外のものだった」「質問の前提が誤っている」「質問の要求に適合する形で応答するのは難しい」などのスタンスを表出することがある。本発表では、欧米語の先行研究を引用しながら、日本語の質問-応答連鎖で応答者が強調用法の副詞「もう」を用いて表出するスタンスを会話分析の手法により検討する。強調によって「質問者の想定と自分の応答に隔たりがある」スタンスが表出され、それが「質問者の想定より詳しい内容を語る」「質問者の想定に反して語ることがない」という両極端の応答に結びついていることを示す。
研究発表3
発表者:齋藤 治之 氏(京都大学)
題目:インド・ヨーロッパ祖語動詞組織研究の今
[発表要旨]
インド・ヨーロッパ祖語の動詞組織に関する研究は20世紀に至り、ヒッタイト語およびトカラ語の発見により、その様相が大きく変化したが、現在の動詞組織研究の基礎となっているのはアメリカの比較言語学者C.Watkinsによるヒッタイト語の語形を基礎に据えた祖語の最古の段階に想定される*ghwene/o- (語根 *gwhen “schlagen”)のような語幹の形である。彼はこの名詞類的な語幹が、I (thematisch), II(athematisch) に分割した後さらにIIaとしてのo-Stufe による完了語幹さらIIaからIIb としてSchwundstufe(= oxyton: -o/e)とe-Stufe (= baryton: -o/e) の一般化されたathematisch な中動態語幹が成立したという図式を想定している。H.Rixはインド・ヨーロッパ祖語には能動・中動と並んで第3のカテゴリーとしてのStativが存在したという説を展開している。M.Kümmelは従来暗黙のうちに同一視されていたStativとPerfektの人称語尾の差異を想定し、さらにPerfektが、“先行する動作の完了の結果としての主語の状態”という“主語の状態”(=Stativの語尾によって表される)と“完結した動作・過程(=語頭音重複によって表される)”という二つの意味の複合から成り立っていることから、Perfektが重複音節を有するStativであるという説を提唱している。この説を受けて、近年、過去50年の諸説を集大成するものとしてA.Williによる『Origins of the Greek Verb (Cambridge 2018)』が出版された。Williはその中でCe-CoRC : CoRCにおける重複音節の有無による完結・使役 vs.非完結・非使役という意味の対立を提唱している。一方、トカラ語にはCe-CeRCという語幹構造に遡るB ?a?ars ‘lies wissen’(< *ke-kers-)のような使役過去形が存在 するが、従来この語幹の動詞組織における地位について指摘した研究者は一人もいない。
本発表ではトカラ語に見られるCe-CeRCという語幹がCe-CoRC : CoRCと並ぶCe- CeRC (使役アオリスト): CeRC (語根アオリスト)というペアーを形成する可能性があることを指摘するつもりである。